1. 脊髄性筋萎縮症とは

脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy: SMA)とは、脊髄の運動神経細胞(脊髄前角細胞)の病変によって起こる神経原性の筋萎縮症で、筋萎縮性側索硬化症(ALS)と同じ運動ニューロン病の範疇に入る病気です。体幹や四肢の筋力低下、筋萎縮を進行性に示します。
小児期に発症するⅠ型:重症型(別名:ウェルドニッヒ・ホフマンWerdnig- Hoffmann病)、Ⅱ型:中間型(別名:デュボビッツDubowitz病)、Ⅲ型:軽症型(別名:クーゲルベルグ・ウェランダーKugelberg- Welander病)と、成人期に発症するⅣ型に分類されます。

主に小児期に発症するSMAは第5染色体に病因遺伝子を持つ潜性(劣性)遺伝性疾患ですが、成人発症のSMA IV型は遺伝子的に複数の成因の混在が考えられます。


2. この病気の患者さんはどのくらいいるのですか

乳児期~小児期に発症するSMAの罹患率は10万人あたり1~2人です。Ⅰ型は、出生4万人に対して1人前後と言われています。成人発症のⅣ型は筋萎縮性側索硬化症よりは少ないです。


3. この病気はどのような人に多いのですか

男女差はありません。Ⅰ型は乳児期、Ⅱ型は幼児期、Ⅲ型は小児期、Ⅳ型は成人期に発症します。


4. この病気の原因はわかっているのですか

SMAの原因遺伝子は運動神経細胞生存(survival motor neuron:略してSMN)遺伝子です。第5染色体(5q13という部位)に存在しており、神経細胞アポトーシス抑制蛋白(neuronal apoptosis inhibitory protein:略してNAIP)遺伝子は修飾遺伝子です。SMN遺伝子の近傍には、SMN遺伝子とは複数の塩基対が異なっている遺伝子が存在しています。SMN遺伝子のことをSMN1遺伝子と、近傍の遺伝子をSMN2遺伝子と名づけられて います。

SMN蛋白は細胞の核に存在し、RNA結合蛋白と反応するものであります。NAIPは昆虫細胞のアポトーシスを抑制する蛋白質と構造が似ているため、神経細胞のアポトーシスを抑制する蛋白質と考えられています。Ⅰ、Ⅱ型の95%、Ⅲ型の約半数、Ⅳ型の1~2割において SMN1遺伝子欠失が認められます。SMAの5-10%の方にSMN1遺伝子の点変異など微小な変異が見られます。


5. この病気は遺伝するのですか

SMN1遺伝子欠失・変異を示すSMAは常染色体潜性(劣性)遺伝です。すなわち、父親由来のSMN1遺伝子と母親由来のSMN1遺伝子が共に変異を示している場合に、その 子はSMAになります。父親由来または母親由来の遺伝子がどちらか1つだけ変異している場合は全く無症状であり、この場合を保因者といいます。

保因者は生涯、症状はありません。保因者同士の結婚の場合、お子さんがSMAになる可能性は1/4(25%)です。Ⅰ型の保因者の頻度は欧米では60~80人に1 人、Ⅱ型、Ⅲ型は76~111人に1人といわれていますが、日本では欧米より少ないようです。保因者の頻度を100人に1人と仮定すると、保因者同士の結婚は1/100×1/100=1/10,000であり、お子さんがSMAとなる可能性は1/10,000×1/4=1/40,000となります。

患者さん本人のお子さんがSMAになる可能性は1x1/100x1/2=1/200、患者さんの兄弟姉妹のお子さんがSMAになる可能性は2/3x1/100x1/4=1/600となり、遺伝病の発生頻度(1~2%)や先天異常症の発生頻度(数%)より低いです。


6. この病気ではどのような症状がおきますか

全ての型で筋力低下と筋萎縮を示し、深部腱反射の減弱・消失が見られます。

Ⅰ型は生後6か月ごろまでに発症、運動発達が停止し、体幹を動かすこともできません。支えなしに座ることができず、哺乳困難、嚥下困難、誤嚥、呼吸不全を 伴います。舌の細かい振えがみられます。人工呼吸器を用いない場合、死亡年齢は平均6~9カ月、95%は18カ月までに死亡するといわれており、生命を救 うためには、多くの例で気管内挿管や気管切開と人工呼吸管理が必要となります。

Ⅱ型は支えなしに立ったり、歩いたりすることができません。舌の線維束性収縮、手指の振戦がみられます。成長とともに関節拘縮と側彎が著明になります。ま た、上気道感染に引き続いて、肺炎や無気肺になり、呼吸不全に陥ることがあります。

Ⅲ型では立ったり歩いたりできていたのに、転びやすい、歩けない、立てないという症状がでてきます。次第に、上肢の挙上も困難になります。発症は幼児期、 小児期です。小児期以前の発症では側彎が生じます。

Ⅳ型は成人発症です。側彎は見られませんが、発症年齢が遅いほど進行のスピードは緩やかです。下位運動ニューロンのみの障害であり、筋萎縮性側索硬化症 (ALS)が上位ニューロンも障害されるのと比較されます。


7. この病気にはどのような治療法がありますか

遺伝学的検査によりSMN1遺伝子の欠失又は変異を有し、SMN2遺伝子のコピー数が1以上であることが確認された患者さんへの核酸医薬であるヌシネルセン髄腔内投与の適応が認められています。
2歳未満においてはオナセムノゲン・アベパルボベク静脈内単回投与が、生後2か月以上においてはリスジプラム経口投与が認められています。ヌシネルセンとオナセムノゲン・アベパルボベクは発症前の適応があります。新生児スクリーニングで発見された場合に、これらの薬の投与が有効で、発症を抑えることができます。

脊髄性筋萎縮症の治療薬
 ヌシネルセンリスジプラムオナセムノゲンアベパルボベク
薬価収載 2017 2021 2020
商品名 スピンラザ エブリスディ ゾルゲンスマ
種類 核酸医薬 低分子薬 遺伝子治療薬
作用機序 SMN2スプライシング修飾 SMN2スプライシング修飾 SMN2遺伝子導入
投与経路 髄腔内投与 経口投与 静脈点滴
適応 全年齢 2ヶ月以上 2歳未満
発症前の適応 あり なし(治験中) あり

SMAのⅠ型やⅡ型の乳児期に発症する方では、授乳や嚥下が困難なため経管栄養や胃瘻が必要な方がいます。また、呼吸器感染、無気肺を繰り返す症例が多く、予後を大きく左右します。鼻マスク人工換気法(NIPPV)は有効と考えられますが、乳児への使用には多くの困難を伴います。
また、筋力にあわせた運動訓練、関節拘縮の予防などのリハビリテーションが必要です。Ⅲ型では歩行可能な状態をなるべく長期に維持でき るように、また関節拘縮の予防のためにも、リハビリテーションを行い、装具の使用などを検討し、小児神経医、神経内科医、整形外科医、機能訓練士の連携が必要です。


8. この病気はどういう経過をたどるのですか

症状は徐々に進行する場合が多いですが、症状が一時期、進行した後、停止するような場合もあります。Ⅰ、Ⅱ型では、成長と共に運動機能の獲得の時期もあります。